少女は立っていた。

少女の愛した男と向き合って立っていた。

男の腹には幾つかの穴が開いていた。

少女はその穴をなぞり、
どろりとついた其れを見つめてから、初めて絶望に顔を歪めた。


何故そうなったのか、そうならなければならなかったのか。

男にその瞳で訴えた。

男は静かに微笑み、眼はもう光を失っていた。

少女はただ男を抱きしめた。

男は己の其れに濡れた手で少女の頭を優しく撫でた。


少女の瞳からは、哀しい筈なのに涙は流れなかった。

涙が何だったのかわからなくなっていた。

涙がどうやったら流れるのか忘れていた。

ただ哀しみと絶望と孤独に顔を歪めて、

徐々に崩れる男を支えながら座り込んでしまった。


少女は男を見詰めていた。

しかし、男の瞳は閉じられていた。

もう魂は喪われていた。

少女は男を抱きしめながら呟いた。



少女がこの世界で過ごした日々を、

男と出会った日のことを、

思いを馳せ焦がれた日々のことを、

幸せだと感じた瞬間を、

男への、愛を。



少女は血の海に佇んでいる。

抱えた腕には、布に包まれたこの世界で最も愛しかった男の首を持って。

少女は哀しそうな笑みを浮かべながら泣いていた。

漸くどうしたら泣くのかを思い出した。

少女はその久しぶりの感情を、何と呼ぶのかわからなかった。

男はまだ其れを少女に教えてくれては居なかったから。



血の海の中その首を愛しそうに、しかし哀しく抱きしめながら、

少女は一言、嗚咽混じりの声ならぬ声で祈るように言う。










血ので、『さようなら』。